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東京地方裁判所 平成6年(ワ)12454号 判決 1995年9月13日

原告

甲野一郎(仮名)

被告

茂木昌一

ほか一名

主文

一  被告茂木昌一は、原告に対し、八六万七一七〇円及びこれに対する平成三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告安田火災海上保険株式会社は、前項の判決が確定したときは、原告に対し、八六万七一七〇円及びこれに対する平成三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを一〇分し、その三を被告らの、その余を原告の負担とする。

五  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

1  被告茂木昌一は、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え(三八七万八六七〇円の一部請求)。

2  被告安田火災海上保険株式会社は、前項の判決が確定したときは、原告に対し、三〇〇万円及びこれに対する平成三年七月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生

(一) 日時 平成三年七月一五日午前八時四五分ころ(甲七)

(二) 場所 東京都八王子市宇津木町二一五中央道上り八王子インター料金所内路上

(三) 加害者 被告茂木昌一(以下「被告茂木」という。)

(四) 加害車 普通乗用自動車(被告茂木運転)

(五) 被害者 原告

(六) 被害車 普通乗用自動車(原告運転)

(七) 事故態様 被告茂木は、前記料金所において料金を支払つた後、加害車を加速しながらお金をしまうために助手席の方を見ていたために、前方でシートベルト装着のために停止していた被害車の発見が遅れ、時速約四〇キロメートルの速度で被害車に追突した(甲一二。以下「本件事故」という。)

2  本件事故後の原告の状況

本件事故後、原告は、項頸部痛、右手の疼痛、しびれを訴えている。

3  被告茂木の過失責任

本件事故は、被告茂木の前方不注視に起因するものである。

4  損害の填補

原告は、被告茂木から、損害賠償の内金として少なくとも三〇万円を受領している(甲六の1、2、原告本人、弁論の全趣旨)。

三  争点

1  原告の症状と本件事故との因果関係

2  原告の損害(計三八七万八六七〇円)

(一) 治療費 七一七〇円

(二) 通院交通費 一万円

(三) 休業損害 二万一五〇〇円

(四) 逸失利益 一五四万円

(五) 慰謝料 二〇〇万円

(六) 弁護士費用 三〇万円

第二争点に対する判断

一  争点1について

1  本件事故の衝撃の程度

前記争いのない事実等、甲一二、乙一、二によれば、加害車は被害車に時速約四〇キロメートルの速度で追突したこと、本件事故により、被害車の後部バンパー、ボデイは中央部が大きく凹むように破損し、加害車も左前側面のバンパーが外れ、前部中央部のバンパーが凹み、車体前部にあるエンジンルームの蓋が波打つように破損していることが認められ、以上の事実を総合すると、本件事故の衝突の衝撃がかなりの程度のものであつたことが推認される。

2  本件事故時における原告の姿勢

前記争いのない事実等、甲一二、甲一四、原告本人、弁論の全趣旨によれば、本件事故の際、原告は、シートベルトを装着しようとして後ろを向いて体を半身にしており、本件事故の衝撃によりハンドルに右上半身を強く当てたことが認められ、前記認定事実と併せて勘案すると、原告は、体をひねつたいわば不自然な姿勢の状態の時に、本件事故によりかなり強い衝撃を身体に受けたことが推認される。

3  本件事故後における原告の身体の具体的状況及び治療状況

甲一、四の2、五、八、九、一〇の1ないし3、一一ないし一四、原告本人、弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) 本件事故当時、原告は、被害車に同乗していた極東会江沢一家江沢組組員の浦川の事務所に警察の追及の手が及んだことから、逃亡する途中であつた。なお、原告には覚醒剤所持等による犯歴があり、本件事故後の七月二〇日にも覚醒剤所持の容疑で現行犯逮捕されている。

(二) 本件事故直後、原告は、事故処理によつて時間的にも手続的にも面倒なことになれば、他の関係者のみならず自らにも警察による追及等の不利益が及ぶ危険性があると判断し、警察に連絡して実況見分等をしてもらうこと、救急車を呼んで病院での治療を受けることには消極的であつた。その際、原告は、身体の痛み等の不調を訴えてはいなかつたが、その理由は、原告が自身に及ぶ前記危険を一刻も早く解消するため、本件事故現場を離れたいと考えていたからであると推認できる。もつとも、本件事故現場近くに高速道路交通警察隊の庁舎があり、同隊警察官に発見されたため、原被告本人とも、同警察官小山健輔から事情聴取を受けた。それをもとに作成されたのが甲一二添付の物件事故報告書である。

(三) 本件事故後、原告は体の不調を感じて寝込んでいたが、医師を呼ぶこともできないまま、前記のとおり、現行犯逮捕されるに至つた。

翌七月二一日の警察官山崎清の取調べ中、同警察官の健康状態の質問に対し、本件事故の発生とそれによつて首、肩、腰が酷く痛み、頭がボーツとして痛む旨供述している。

(四)(1) 警察は前記供述に配慮して、原告を千葉病院整形外科堀内行雄医師の診察を受けさせた。その際の診察内容は概ね以下のとおりである。

ア 平成三年七月二二日初診時

主訴 項頸部痛、右手前腕の疼痛、痺れ(特に右前腕から手背の知覚喪失あり)。

他覚所見 レントゲン写真上は異常がなく反射正常だが、右手背に皮下出血が認められる。

治療内容 張り薬、ビタミン剤、鎮痛剤の投与

イ 同年七月三〇日

症状は前項と同じ。投薬として安定剤を追加。

ウ 同年八月七日

原告が右前腕の痺れを強く訴えたため、右手レントゲン写真を撮影したが、所見はなかつた。催眠剤、塗布剤を追加した。

(2) 前記堀内医師は当初全治約一か月前後の外傷と診断していたが、原告は最終診察時にも主に右手前腕の痺れを強く訴えていた。他覚所見として、右手背の腫脹が残存していた。なお、堀内医師は、原告が一〇年前に殴打を受けた際、外傷を右手に受けたことがあるとの連絡を受けていたが、レントゲン写真上は骨折等の古い所見は発見していない。既往症としては、痔疾がある程度である。

(五) 原告は、平成三年八月一二日から平成四年六月一一日までの間、東京拘置所に在所したが、入所当初の健康診断時に本件事故によつて鞭打ち症となりイライラして眠れない旨申し出、眠剤の投与を受けた。

その後の鞭打ち症に関する訴えとそれに対する治療内容は以下のとおりである。なお、東京拘置所の医師は、原告の他覚的所見を確認することはできなかつたが、以下のとおり対症療法としての投薬期間中、原告が痛み等を訴えることはなかつた。

(1) 平成三年八月二〇日

原告は鞭打ちによる不眠を強く訴えて投薬の増量を希望したが、東京拘置所の医師は同量で様子を観察。同月二三日向精神薬を睡眠前服用として追加して平成四年二月二七日まで継続投与した。

(2) 同月二七日

原告は首痛を訴えたので、前記医師は消炎鎮痛塗布薬を平成四年一月三一日まで継続投与した。

(3) 同年九月三日

原告は本件事故により右肩痛、右上肢痺れを訴えたので、前記医師は筋弛緩剤の処方を同月一三日まで追加した。

(4) 同年一一月一二日

原告は右肩の痺れを訴えたので、前記医師は同月一五日まで筋弛緩剤を再度処方し、その後同月二二日から平成四年二月一四日まで継続して投与した。

(5) 平成四年二月二八日

原告が眠剤の減量を希望したので、投薬量を半減した。

(6) 同年三月三日

原告がよく眠れない旨申し出たため、前記医師は、抗不安薬を眠前服用として追加処方し、併せて首痛に対する消炎鎮痛塗布薬をそれぞれ同月二四日まで継続して投与した。

(7) 平成四年五月七日

原告が右肩の痛み、痺れを訴えたので、前記医師は、筋弛緩剤及び消炎鎮痛塗布剤を処方し、六月一一日まで継続して投与した。

(8) 同月一一日

原告が不眠を訴えたので、眠剤が六月一一日まで継続投与された。

(六) 原告は、平成四年六月一一日から平成六年三月一七日に仮釈放されるまでの間広島刑務所に在所したが、この間の鞭打ち症に関係のあると思われる原告の訴えと同刑務所の医師の治療内容は概ね以下のとおりである。

(1) 平成四年六月二六日

原告が頭痛、耳鳴りを訴えたので、広島刑務所の医師は鎮痛剤を投与した。

(2) 同月三〇日

原告が偏頭痛を訴えたので、前記医師は同種の鎮痛剤を投与した。

(3) 同年七月一〇日

原告が肩痛を訴えたので、前記医師は凍傷軟膏を投与した。

(4) 同年九月一日

原告が頭痛(鞭打ちのため)、肩痛を訴えたので、前記医師は、前者については鎮痛剤、後者については凍傷軟膏を投与した。

(5) 同年一〇月二〇日

原告が頭痛を訴えたので、前記医師は鎮痛剤を投与した。

(七) 原告は、広島刑務所を出所後、千葉県松戸市にある医療法人社団弥生会旭神経内科病院に、平成六年四月一六日から六月一三日までの間通院したが(通院実日数七日)、同病院では、頸腕症候群の疑いがあると診断された。

(八) 原告は、その後、同市内の八柱クリニツクに同年六月九日から同月三〇日までの間通院したが(通院実日数六日)、同病院岡野武正医師は、原告の傷病名を頸椎捻挫、右肩関節捻挫と診断した。その際の自覚症状としては、<1>頸背部に軽痛、重圧感あり、右手部母指側及び母指に知覚鈍麻、右上肢の時々の痺れあり、頭痛、耳鳴り、眩暈時々あり。不眠、<2>右肩関節に動かした時にゴリゴリ音がして、右上肢拳上困難がある。また、他覚所見としては、<1>頸痛、背痛が軽度にあり、右上肢の痺れを訴え、右手母指側及び右母指に知覚鈍麻を認める。頸椎運動が軽度に障害され、スパークリングテスト、シヨルダーデプレツシヨインテストは右側に陽性で、右背部僧帽筋、辣下筋、菱形筋に圧痛点著明に認める。レントゲン検査では経年性の変形を認めるほか異常は認めない。<2>右肩関節に動かす時軋轢音あり。肩関節運動は軽度に障害される。レントゲン検査では異常は認められない、とある。そして、同医師は、上記の症状の回復の見込みはない旨診断している。

以上の事実に前記認定事実を併せて勘案すると、原告は、本件事故時、不自然な姿勢で後方から加害車による相当強度な追突による衝撃を受けたと推認され、事故直後、原告が受傷したことを訴えなかつたとしても必ずしも不合理であるとは思われず、かえつて、原告の既往症の内容や本件事故後の身体状況等に照らしてみると、原告の項頸部痛、右手前腕の疼痛、痺れ等の症状と本件事故との間には、相当因果関係があることが認められる。

二  損害額の算定

1  治療費 七一七〇円

前記争いのない事実等、前記認定事実によれば、原告が広島刑務所を出所した後に受けた治療は必要かつ相当であると認められるところ、治療費については、甲一〇の1ないし3によれば、前記旭病院で一万三四九〇円、前記八柱クリニツクで八〇七〇円計二万一五六〇円を要したことが認められ、原告は少なくとも請求に係る七一七〇円の治療費を支出したことが認められる。

2  通院交通費 一万円

前記認定事実によれば、原告が前記旭病院及び八柱クリニツクに各通院しており、何らかの形で通院のための交通費を支出したことは認められるところ、通院のために要した交通機関、乗降した区間と費用等の具体的な明細が明確でないものの、原告の住所地と前記各病院の各所在地、通院実日数及び原告の前記請求額とを勘案すると、少なくとも一万円を通院交通費として支出したと認めるのが相当である。

3  休業損害 〇円

本件事故時の原告の就業の事実、収入額を認めるに足りる証拠がなく、原告の休業損害を認定することはできない。

4  逸失利益 〇円

一般に、逸失利益を認定するためには、その前提として、当該被害者が、後遺症によつて現実にその労働能力を前部又は一部を奪われ、それにより事故前と同様の労働能力を発揮することができず、その結果、将来において得られたであろう収入が獲得できなくなつたと認められることが必要である。本件では、前記認定事実及び原告本人によれば、原告の頸部、右上肢、右手部には前記のような症状を内容とする後遺症が残存していること、刑務所内での作業中に眩暈が発作的に起こり、首の右側が痛むため、原告は運転や機械に携わる作業や木工の作業を行わなかつたことが認められるが、他方、原告は刑務所内では炊事作業を行つていたことが認められ、刑務所内における作業状況を含む原告の日常生活の状況や前記後遺症の影響が具体的に明らかでないことをも斟酌すると、前記後遺症が原告の有する労働能力に対して具体的にどのような影響を及ぼし、その結果、原告がどの程度労働能力を発揮することができなくなつたのかを認めるに足りる証拠がなく、したがつて、逸失利益を認定する前提となる、具体的な労働能力の喪失状態を認めることができないから、原告の逸失利益を算定することはできない。もつとも、原告の身体には、前記認定のとおり後遺症が残存しているために刑務所内における円滑な作業労働を行うことができないこと、現在もなお日常生活において一定の程度の苦痛を受けていることが推認され、この点については、後記のとおり、慰謝料算定に当たつての斟酌事由として考慮することが相当である。

5  慰謝料 一〇〇万円

原告の傷害の部位、程度、東京拘置所又は広島刑務所内での身体状況と継続して受けていた治療内容、継続期間のほか、現在もなお、前記後遺症に患わされていること、労働能力に対する影響は確定できないものの、作業労働を遂行する上で一定の支障をもたらしていると推認されること等を総合的に斟酌すると、傷害慰謝料として五五万円、後遺症慰謝料として四五万円、合計一〇〇万円をもつて相当と認める。

6  小計

以上を合計すると、一〇一万七一七〇円となる。

7  弁護士費用

本件訴訟を遂行する上で必要な弁護士費用のうち、訴訟の相手方に負担させるべき損害として認められる相当な金額として、一五万円を認める。

8  損害の填補

前記認定事実によれば、原告は少なくとも損害賠償の内金として三〇万円を受領しているから、前記6、7の合計額からこれを控除すると、八六万七一七〇円となる。

(裁判官 渡邉和義)

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